ヤマビル対策には塩水スプレーよりも虫よけスプレー | 危険生物対策の方法

ヤマビルに塩水スプレーは効くのか?

 

結論としては、『ヤマビル対策として塩水スプレーは効きますが効果が十分ではなく、
状況に応じて、ヤマビル専用スプレーや市販の虫よけスプレーなどを使い分けると良い』
と考えられます。

ヤマビルは、本州~九州の里地から低山帯にかけて生息する環形動物類の一種で、分布はニホンジカの分布域に紐づく傾向があることが知られており、シカの移動や分布拡大に伴ってヤマビルの生息エリアが拡大することが懸念されています。
動物の出す二酸化炭素、熱、振動、においなどに誘引されるとされ、我々も吸血被害を受けることから、登山などの野外活動においてリスクマネジメントとして注視したい危険生物の一つとなっています。

そんなヤマビルの対策として、古くから「塩水スプレーが予防に効果的」とされてきましたが、その効果を明確に計る例がこれまでに紹介されていなかったため、今回、その効果を計る研究に取り組みました。

同時に、様々な虫よけスプレーも開発された昨今ですので、「本当に利便性に優れるものはいったいどれなのか…?」
そんな観点から調査を行いましたので、その結果をご紹介いたします。

【実験に使用した薬剤】

表1. 本実験に用いた薬剤

 
今回実験に使用したのは、
 ① ヤマビルの忌避を目的に開発された専用のディート系薬剤[ディート濃度非公開] ← positive control
 ② 10%濃度のディート系虫よけスプレーとして市販される忌避剤
 ③ 15%濃度のイカリジン系虫よけスプレーとして市販される忌避剤
 ④ 食塩水(市販の食塩を使用した飽和食塩水)
 ⑤ 料理用食酢
 ⑥ 精製水 ← negative control

以上の6種を使用しました。
「① ヤマビルの忌避を目的に開発された専用のディート系薬剤」は、「必ず効くもの(positive control)」として扱い、
「⑥ 精製水」は、「効かないもの(negative control)」として実験区に加え、
これらと比較し、他の薬剤がどこまでの忌避効果を示してくれるかを調査しました。

【実験の結果】

図1. 各薬剤によるヤマビルの忌避効果

ポジティブコントロールである「ヤマビル専用忌避剤」と各試験薬剤との間でX2検定を用いて比較を行いました。(期待度数が5以下となるものが含まれる場合は、Fisherの直接確率計算を用いて比較したほか、各薬剤間での多重比較においてはRyan法(p<0.05)を用いて比較。)

一実験区に付き 11~15 反復、合計 325 個体を用いて実験を行った結果、

1)10%ディートと15%イカリジンを含む虫よけスプレーは、ヤマビル専用忌避剤と同等の効果が期待できる。
 (ただし、雨などに対する持続性は専用スプレーに劣る。)
2)食塩水は飽和食塩水でも、忌避率は50%程度のため、何も塗布しないよりかは良いが、効果としては不完全。
3)食酢は忌避率20%程度。忌避剤として使用するには効果が低すぎる。

という結果が得られました。

市販の10%のディート、または15%のイカリジンを含む虫除けスプレーでも、
塗布直後から8時間後にかけて、ヤマビル専用の忌避剤と同等の100%近い高い忌避効果が確認されました。
上記の成分、濃度の虫除けスプレーなら、近場の薬局で手に入る忌避剤でも、十分ヤマビルに対して効果的に働くと考えられます。
(ただし、噴霧むらには注意してください。)

古くから言われてきた塩水は、飽和食塩水でも忌避率は50%ほど、食酢については20%ほどの忌避率となり、
今回の実験においては、食塩水はまだしも、食酢はほとんど効果が期待できない結果でした。

【まとめ】

表2. 各薬剤の結果及び詳細 (論文中表記は表4)

ディートは小児に対して使用制限があります。(2歳以上~12歳未満の小児の場合、一日の塗布が2~3回以内)
そのため、ヤマビル忌避を目的とする薬剤についての見解としては…↓

1)雨の中でも持続性を持たせ、本気で忌避するならヤマビル専用スプレー
2)安くいくなら10%ディート虫除けスプレー
3)小児で、ディートの使用制限が気になる環境なら15%イカリジン虫除けスプレー
4)最低限で行くなら食塩水

このような選択肢で、その時最適なものを選択するのが良いと考えられました。

雨天時においての持続性は専用忌避剤の方が格段に優れます。
ガッツリと登山に臨むなら、雨が降っても良いように専用スプレーが良いでしょうけど、
少しハイキング程度なら、市販の10%ディート、あるいは15%イカリジン虫除けスプレーでも良いでしょう。

お金をかけたくないなら、最低限塩水スプレーを装備しておくだけでも、ないよりかはましです。
万が一ヤマビルが肌についた場合も、これらのスプレーであれば直接かけることで脱落させることができます。
(※ただしヤマビル専用スプレーは、直接肌につけることができません。)

天候や活動内容(発汗等)による忌避効果の減少を考慮し、必要に応じた再塗布など、活動に応じた対策を講じながら、これらの薬剤を活用していくと、ヤマビル被害の予防に有効に働くと考えられます。
ぜひご活用ください。

 

◆ 論文情報

・西海太介. 2021. 野外活動において利便性の高いヤマビル忌避剤の検討. キャンプ研究. p15-23. 日本キャンプ協会

◆ 要旨

ヤマビルは吸血、出血被害等を及ぼす危険生物として知られ、各種環境教育等の野外活動プログラムにおいて事故防止上、注視すべきものと言える。ヤマビルに付着されることを防止する目的で市販品されるものとしては、ディートを使用した製品の効果が高く、一般的な防除用医薬部外品として扱われる10%濃度のディートを含有する製品のほか、特に30%濃度の虫よけ剤についてはヤマビルに対して高い忌避効果、殺ヒル効果があることが確認されている。しかし一方で、野外活動プログラムの対象のひとつとなる2歳以上~12歳未満の小児の場合は、健康への影響からディートの使用回数が制限されていることから、同薬剤を懸念して製品の使用を控えたり、小児に対しての積極的な使用を推奨しない医師の声も散見する。そこで、こうした各種制限を考慮した上で、一定の忌避効果等を総合的に検討し、ヤマビルに対する忌避剤の選択肢の幅を広げることを目的に、各種環境教育活動等の野外活動において、利便性が高いと考えられる忌避薬剤の選定を試みることとした。
 市販のA4用紙の周囲4辺に3~5cm程度の帯状に各薬剤を噴霧塗布し、そこからの非離脱率を検証した結果、噴霧直後から塗布後8時間時点までにおいて、15%濃度のイカリジン系虫よけスプレーは、10%濃度のディート系の虫よけスプレーと同等の忌避効果を示し、ほぼ100%の非離脱率と殺ヒル効果が認められた。また、飽和食塩水では忌避率が4~5割程度と低い値を示すが、直接噴霧した場合においては9割以上の殺ヒル効果が認められた。
 これらの結果から、野外活動プログラムの対象児童に対しては、年齢制限が設けられていない15%濃度のイカリジン系虫よけスプレーは総合的に懸念点が少なく、効果が見込まれ、入手しやすいといった、各種利便性に優れるものであると考えられる。ただし、10%濃度のディート系虫よけスプレーも同等の効果が期待できることから、ディートに対する使用制限等に懸念がない場合は、十分利便性が高いものであると言える。飽和食塩水については、忌避効果としては両薬剤と比較すると弱いが、吸血中のヤマビルを脱落させる上では有効に働くと考えられる。このことから、コスト削減や、薬剤を用いたくないケースにおいては、最低限の対策ではあるものの、一定の活用が見込めるものと考えられる。なお、食酢については忌避効果が20%程度と特に低い値を示したことから、ヤマビルに対する忌避剤として用いるには適さないと考えられる。